田舎での活動はユルくやればいいなんて幻想。都会以上にシビアにビジョンを突き詰めるべし。

私はクラリネットという楽器柄、吹奏楽部でも旋律を担当する事が多かったからか、割と単純でキャッチーなメロディーが好きです。

その一方で、アントニオ・ロウレイロのようなちょっととんがったような音楽も大好き。

私の中ではどちらも『好き』という枠に入ってるのだけど、聴いてもらうとかなり極端というか、違うものに感じると思う。

料理でいうと、和食とカレーくらい違うのかな?笑

その2つを同時に食べるコース料理が存在しないように、それらを一緒に食べようと思ったら何か工夫が必要なのです。

私は、
自分がやりたい音楽と、福知山の皆さんが求めている音楽は違う
と思って、今まで色々やってきたのですが…
そんな考え方は、もうね、本当ダメですね。
未熟すぎました。

昨日のアントニオ・ロウレイロのライブは、
福知山のみなさんも絶対気に入ってくれたと思う。

虫の声が聴こえる夜に、ピアノ・ボイス・ボイスパーカッションが混じり合ってて「音楽」が「人」と「空間全体」を繋いでた。

あの感覚をお客さんとして感じる事が出来たなら、

「どんなジャンルの音楽・どんな内容のものをやっても満足してもらえる」

と直感的に思ったのです。

今日京都市で行われた音博の盛り上がりが、それを如実に物語ってます。

アントニオ・ロウレイロ ライブ感想まとめ【京都音楽博覧会2015】
http://togetter.com/li/876189

私は東京の方が音楽に対してシビアだって思ってたし、田舎での活動と東京での活動は分けるんだ!って思ってたのだけど…

「たくさんのお客さんに喜んでもらえる音楽をする」
のではなく
「自らが信念を持っている音楽をするべき」
なのだと、やっと気付いたのです。

私が地元で過ごしたのは高校卒業まで。

それまでの期間で自分が足を運んだ地元でのコンサートは片手で数えられる程度。

土日はずっと部活動に励んでいました。

もちろんコンサートの数自体が少ないこともありますが

福知山に文化が根付いてないのなら、みんなが聴いて分かりやすい音楽からやろう。

と思ったのです。

今でこそ、私は色んなジャンルの音楽を聴きますが、2010年にフレッシュコンサートを始めるまで私が聴きに行くのはクラシックのコンサートばかり。

音大時代の私は

「クラシックを志すならそれしか聴かない!」

みたいな、偏った考え方の持ち主でした。

時にはクラシック以外のジャンルを良いと思う自分を否定したりして。

その道しか見ない事で、自分の道は開けると勘違いしてました。

だからこそ、今の若い人たちにはいろんな音楽を聴いて欲しい。

自分の引き出しが少ないから視野が狭くなるのだし、面白い思考が出来ないと思うから。

世界の音楽・芸術の魅せ方に触れる事で「自分が聴いてて&見てて気持ちいいもの=理想」が見えてくるから。

田舎と都会、確かに全然文化的な需要は違う。

でも、
今まで私が考えていた
『田舎に目線を合わせて音楽をやる』
っていうのはなんか全然イケてないな

と感じた夜でした。

来月の地元でのフレッシュコンサート。

曲目は決まってるけど、全体的な流れや演出等々もう一度練り直したいと思います。