休みを創るー福知山市雲原『くものはらっぱ』で過ごした時間

半日、妹のやっている農家民宿『雲の原っぱ社』にお世話になりました。

13412904_1097693446958783_2438902788341605445_n

13428442_1097693463625448_4502567581501978818_n
自家製みそ、自家製梅干し、鍋で炊いたお米が美味しかった♪

くものはらっぱ
http://kumonoharappa.wix.com/kumonoharappa

くもはらいふ(FBページ)
https://www.facebook.com/kumonoharappa/

私にとって、『音楽を創ること』や『音楽と接する』ことは、大木から望むものを彫刻していくような行為で、削ることによって創造されるものだとずっと思ってます。

削るという行為は、意識してやっている場合もあれば、知らず知らずのうちに削れている時もあるのですが、後者の場合は少しやっかいで、ある日いきなり燃料切れになるんですよね。

もう、削るところはないですよ。

という危険信号は体がちゃんと教えてくれるのだけど、最近どうにも燃料切れになってしまった感じがしてきたんですよね。

これではいけない。。。

そんな気持ちが渦巻いて、『休もう』と思ったわけです。

雲原に居ると『削る』という概念がふっとなくなった。

削る、ではなく増やす。

時間が経つ、ではなく時間が増えるような感覚。

しんと静まり返ったその場所で、
やらなければならないことが自然と絞られていくような感覚を感じ。

すべきことは常にかなりシンプルなのかもしれない。

あそこにいるだけで、削られるのではなく、色んなものがプラスされていくような、そんな気がした。

削られたものがあっても、埋めるものがあれば大丈夫だし、こういう場所で普段やっている音楽をやるとどうなるのかなぁ、と思った。

1日中作曲したり、事務作業をするなら、心休まる場所でする方がいい。

最近ものすごくそう思う。

私がいま住んでいる東京のお家は完全防音で24時間楽器を演奏出来る。

『静か』な状態を求めることは出来るのだけど、正直『静か』のクオリティーが違う。

人間は環境を変えれば、その環境に順応する生き物だと思う。

どこに住むか?
どこを拠点にするか?

ということは、とても大切なのだ。

私は仕事が趣味みたいなものだから、休みを作るのが少し苦手。

休みを作る、というより

休みを『創る』ようにしたらいいのだろうな。

と、今この文章を書きながら気付くことが出来た。

『創る』作業はとても楽しく、美しく、尊いものだと思う。

私が生涯続けていたいことだから。

ちなみに、雲原を題材にした歌『くものはらっぱ』というものがありまして。

こちらの2ndアルバムに収録されています。

一度聴くとついつい口ずさんでしまうとよく言われるのですが、本当かどうかゼヒ確かめてみてくださいね♪