いつも死にたくて不安な気持ちをつくっていたのは他の誰でもない私だった

こんにちは。
吉田佐和子(@sawaclarinet)です。

むかし音楽に反応するあらゆる感情に蓋をして、心を守っていた時期がありました。

その時期は、音楽を聴いても何も心が反応しませんでした。

楽器を吹きたいとも思わなくなりました。

何に蓋をしようとしたのか
なぜ蓋をしようとしたのか

そのときはぜんぜんわからなかったけど、時間が経ってやっと分かった気がします。

不安な気持ちになる原因を作っていたのは自分だった

自分の心に蓋をしようとした時期は、とにかく毎日いろんなことが不安でした。

でも、誰かから直接、嫌な言葉を言われたから不安な気持ちになったんじゃありません。

『どうせ何もできっこないでしょ』
『ほんとだめだね』
『死ねばいいんだ』

ときっつい言葉をささやいてくるのは、他の誰でもない自分だったんです。

「自分を愛してくれないだれか」
「自分を攻撃してくるだれか」

が居たわけではなく

「自分を愛せない自分」
「自分を攻撃する自分」

が居たのです。

「誰か」から言われていると思うことで責任転嫁しようとしていた

自分で自分を傷つけること。

それは、自分じゃない誰かに酷いことを言われるよりはるかにきついことでした。

そんな存在が居るなんて、認めたくなかった。

「誰かにこんなことを言われたから、傷ついた」

と、外的要因で傷ついてるって思う方がよっぽど楽だったんです。

最初はそのことがぜんぜん整理できなくて、蓋をしたものが何だったのか?なぜ蓋をしようとしたのか分かりませんでした。

だから、それに気付くまですこし時間がかかってしまったけど、一番恐れていたのは誰でもない自分だったんです。

いろんな自分がいるって面白い

でも、そんな自分が居ることがわかったときは、ちょっと笑えた。

そんな自分もいたんだね、と。

この記事にも書いたけど、自分は1人じゃないということを改めて感じました。

自分のことが嫌いな人は自分が2人いると考えてみればいい

これからもいろんな自分に出会うことになると思うけど、このとき出会った『自分をむちゃくちゃ傷付けてくる自分』とは距離をおきたいなぁ。

居てくれていいんですけど、存在感が大きくなると、しんどくなっちゃいますから。

自分は特別な存在だと気付いてほしい

当たり前のことだけど、人はまったくおんなじ人間なんていなくて、1人1人が本当に特別な存在。

特別で、最高な自分なんです。

いい加減、それに気付かないとなぁ、と思ったときに、やっと自分を大切にできるようになったように思います。

こういう気付きとか学びって生きていると常にあるけれど、その頻度の違いって、どんなものに日々ふれているのか、そして、どんな人とどんな言葉を交わしているのかが鍵を握ってる。

無限の気付きを与えてくれるものや人と出会えることこそ、自分の人生を幸せで豊かに送れることにつながってるんだなぁ。

さいきん、そんな風に感じています。