ジャックマール・アンドレ美術館(Musée Jacquemart-André)で開催されていたカラヴァジョ展に行ってきました。
この美術館は、入り口を入って展示会場にたどり着くまで、美しい建物の内部を堪能することができます。
さて、前置きが長くなりましたが、カラヴァッジョはイタリアのルネサンス期を代表する画家で、さまざまな物をあるままに描く写実主義を追求した人です。
どうやら相当激しい性格だったようで、人を一人殺しています。でも、そのあと彼は美しい絵を描いてその罪を許されているんです。それくらい彼には素晴らしい才能があったんですね。
天才が故の苦難に満ちた人生は近年映画にもなっています。
カラヴァッジョが生涯で描いた作品は60点ほど。そのうちの10数ほどを今回は見ることが出来ました。(一部撮影禁止)
まずは『法悦のマグダラのマリア』
マグダラのマリアは聖書に登場する女性。カラヴァッジョによるコピー作品が何点もあって、2014年に発見された右の作品は原画の可能性が最も高いと言われています。
こうして2つの作品を見比べることが出来るのはむちゃくちゃレアな機会なので見れてよかった。
次は『リュートを弾く若者』
この角度、構成で豊かに表現された男性、衣服、リュート、花や果物が全て美しい。。
あまりにも人が多すぎてこの角度からしか撮れませんでした(汗)
今日見た作品の中で一番気に入ったのはこの作品『洗礼者ヨハネ』
美しく描かれた身体は、まるで本物の人間のよう。むしろ絵の方がより人間らしく生き生きした姿が描かれているように思えて、じっと見てしまいました。
『いばらの冠のキリスト(エッケ・ホモ)』
エッケ・ホモ=「この人を見よ」という意味のあるタイトル。
『瞑想する聖フランチェスコ』
『執筆する聖ヒエロニムス』
美術館にたくさん行くようになって気付いたのは、宗教画に描かれている場面はほとんどがキリスト教や聖書に関係していて、描かれているもの(花、果物、人物など)にすべて意味があるということです。
ガイコツもその一つ。ガイコツは、中世以来、快楽の虚しさを表すものとして描かれてきたそうです。
1606年に描かれた『エマオの晩餐』
みすぼらしい宿の主人とその母親が右にいて、母親は質素な食事を運んできています。すると、突然目の前にキリストと使徒たちが現れ、主人がじっと覗き込んでいる場面です。
この絵はネットで見てた絵の色彩より全然明るくてびっくり。わたしは、みすぼらしい宿って感じはしなかったなぁ。
「エマオの晩餐」というと、わたしはこちらの絵を想像していたんですが、これは1601年に描かれたものだそうです。
ちなみにこの絵では、暗い闇の中にスポットライトを当てるように主要人物を浮かび上がらせる手法を編み出すことに成功しています。この絵で描かれている瞬間は、一緒に食事をしている相手が、実は復活したキリストだと知って驚く弟子たちの様子を描いています。左手前の人は驚きから思わず立ち上がろうとしていますし、右側にいる人は手を広げて驚いてます。この両手を広げる動作は、キリストの磔刑(キリストのたっけい)は、キリスト教の聖典である新約聖書の四福音書に書かれているエピソードの一つ『キリストの磔刑(たっけい)』を表しているそうで、内容は公開処刑の死刑である十字架に磔(はりつけ)になって処刑されたというものだそう。
また、今回の展示では見れなかったのですが、『聖マタイの召命』は光の在り方を変えた絵だそう。
「この絵の照明の考え方をいつも意識して写真を撮っている」という人がいてびっくり。
この絵について簡単に説明されている動画がありました。
他にもこんな作品がありました。
美術を鑑賞する方法、わたしはまだまだ模索中です。
ただ、知識はいくらあってもいい。
『美術の力』の著者である宮下規久朗さんはこうおっしゃっています。
こうしたモチーフの仕草の意味をいくつかでも知っていれば、美術作品を深く味わえるし、知らなければ見過ごしてしまうことも多い。
美術を見るということは、感性だけの営為ではなく、非常に知的な行為なのだ。知識があればあるほど作品の意味や機能、作者注文者の意図がわかって深く鑑賞できる。知識があって鑑賞の邪魔になる事はありえないし、知識を軽視して、自分の感性や好き嫌いだけで見ても、ほとんどの美術作品は何も語りかけてくれないだろう。
最後に、音友マガジンにもこの展覧会のことが書いてあったのでぜひ見てみてください。
パリで出合ったカラヴァッジョとブラックのヴァイオリン絵画
最近美術館へ行ってブログを書いているのは『考える時間』をしっかりつくるためです。
今は色んな情報が飛び交っているので、しっかり取捨選択しないとついつい自分の意見を持たず、他人の意見に流されてしまうこともあるし、今日のように美術館へ行ったときはたくさんの疑問や考えが頭を飛び交うはずなのです。
それをどこかに書き留めておかないと、人はやっぱり忘れちゃいますから、ここにそっと書き留めておこうと思います。